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卒業試験終了

昨日、卒業試験が終わりました。
医学部は卒業論文を書く必要がない代わりに、卒業試験を受ける必要があります。(卒試は卒論の代わりにならない?)1つ120問のマークシート試験をグループ1から10まで、毎週水曜日午前と午後に3時間ずつ、5週間かけて受けます。これだけ聞くと大変に聞こえますが、実際そこそこ大変です。でも2年前までは30科目を3ヶ月間掛けて受けていた、というので、それに比べれば遥かに楽になったと思います。

今日からの授業は出席する必要も無く、20人程度の出席でした。(クラスは100人)これから2月の国家試験まで何の予定もありません。一体どうやって過ごそうかと思います。長いように思えた大学生活もあと半年を切りました。なんか切ないですね。
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テーマ : 日記
ジャンル : 日記

新学期

今日より新学期が始まりました。
高校時代の気分で「もう学校?」と思ってしまったけれど、他の学年や学科も新学期のようなので潔く諦めるしかありません。いよいよ最終学年です。

さて、私は今日から4週間循環器内科での高次修練を行います。
高次修練というのは、自分の好きな科に4週間ずつ実習できる期間です。研究室配属と異なるのは、選択する科は自分の将来とは全く関係なく選べるということです。例えば私は東洋医学に進むつもりは全くありませんが、東洋医学的な考え方も知ってみたいなぁ、と思ったため、7月には「漢方医学」を選択しています。そんなのを4週間×4回、4月から7月まで行います。

循環器内科では、2週間指定する外病院での実習が可能だと言われました。(大学病院での実習は最低でも2週間必要だし、病院見学は行けなさそうな雰囲気だった。あくまで主観だけど)私は折角だから外病院が良いと思い、県南中核病院で2週間実習させて貰う事にしました。

さて、県南中核病院へは大河原まで東北本線で行って、そこから宮城交通で2kmほど走ってようやく到着します。前日に営業所に電話して時刻を確かめたら大河原駅から8:10に病院行きのバスが出ているとのことで、そのバスに乗って中核病院に行くことにしました。

7時25分、白石行きの東北本線が仙台駅を出発します。あいにくの701系でしたが、ラッシュと反対方向なので座ることもできました。大河原まで30分近くかかるので、腕時計のアラームを設定した上で軽く寝ることにしました。








ふと目が覚め、周りに誰もいないことに気付き慌てて駅表を見ると
白石

(宮城県白石市)



となっていました。

急いで白石から引き返し、大河原に到着。黒磯まで行かなかったのは不幸中の幸いでしょう。
バスは3時間に1本しかないので、タクシーで病院へ行くことになりましたとさ。やっぱり夜更かしはいけません。

今日から病院も新学期で、研修医の医者たちも大勢来ていました。1年上の先輩達に久し振りに会えて良かったです。

BSL終了

BSL終了
先週をもちまして、BSL(Bed Side Learning、三次臨床修練)が終了しました。BSLが何か分からない人は白衣のコスプレを着て病院内を探検していると考えてくれれば、あながち間違っていないと思います。
医学部は最初の4年間ずっと講義とか動物を相手にした実験を行います。5年になってようやく、4~5人で1グループになって大学病院での実習を行います。そうは言っても、まだ学生で知識もまだまだまだまだ(誤植ではありません)足りないので、診察、治療なんかはできません。患者さんの病状を聞いて文章にしたり、手術の見学をしたり、合間に授業を受けたりするのです。そして1~2週間ほどごとに科を変わり、1年間で大学病院の殆ど全ての科を回ることになるのです。

少人数のグループで、しかも
「学生だから何を尋ねても恥ずかしくない。」
という甘えから、恥ずかし気もなく沢山のことを質問させてもらいました。また医師達も
「学生さん、学生さん」
と可愛がってくれ、飲み会にも誘ってもらい、とても楽しかったです。
小学生の頃「仰げば尊し」の歌詞を知って
「教師が生徒に自分を尊敬させる歌を歌わせるとは何と傲慢な歌だろう」
と思ったものですが、学年が進むにつれて、この歌がしみじみと実感できるようになりました。本当に、忙しい本業の合間を縫って私達の相手をしてくれた先生には頭が上がりません。

また私は同僚にも非常に恵まれました。私は記憶力の欠如と周囲状況の認識力不足という社会人として致命的な欠陥を持っていますが、それを認めカバーしてくれたのが、一緒に回った同級生達でした。とても元気が良くて、勉強熱心な仲間で、この1年間病院内を回るのがとても楽しかったです。多分この大学に入ってからの5年間で最も楽しい1年間を送ることが出来ました。本当に、感謝、感謝です。もう、このメンバーで実習できないと考えるととても寂しいです。

週末は「螢の光のすべて」を聴いて、この1年間を名残惜しんでいました。
蛍の光のすべて 蛍の光のすべて
オムニバス、シーリス 他 (2002/03/06)
キングレコード

↑CDが売れたところで私の収益になる訳ではないので、安心してクリックしてくれ給へ。キングレコード社の「○○のすべて」シリーズは名曲ぞろいです。

今日から春休みです。他の学生が病院見学に行っている最中ですが、未だにろくな予定も立てず、先行き不安です。少しは実りのある春休みにしたいものです。

追記:上でつい書き忘れてしまったけれど、胸の音を聴かせてくれたり、快く病状を話してくれた患者さんにも大いに感謝。学生の「診療の真似事」がその患者さんに直接役立つことは無いけれど、将来きっと役立てます。

通学路

先週自転車がパンクしてしまい、自転車屋に直してもらったら
「タイヤ自体がも随分劣化しているね。」
「チェーンも大分緩んでいるし。」
と自転車の寿命を暗に示唆された。川内に通っていた頃は1年に1台のペースで自転車を破壊してきたので、星陵に通うようになってから3年間も自転車が壊れなかったことの方が私には驚きなのだが、自転車屋の主人にしてみたら、たったの3年でここまでボロボロになったことに驚きだったようだ。毎日3km往復したら1年間で1,500kmくらいになる。これは仙台-福岡に匹敵する。しかも雨だろうが雪だろうが構わず自転車を飛ばしていたらボロボロになるのも仕方ない、と思うのは自転車を乱暴に使っている者の甘えだろうか。

私は学力でも体力でも同級生の自慢になるような力は持ち合わせていない。唯一自慢になることといったら、山から毎日自転車で通っていることになる。距離自体は3km短いが、矢鱈と標高差がある。そういった標高差を調べて私の自尊心を満足させるサイトは無いものかと思っていたら、あった。

ALPSLAB route

標高を表示してくれるだけでなく、2点を選択すると自動的に道のりまで計算してくれる。
mapionの距離測定:キョリ測(ベータ)でも、距離は出してくれるが、道のりまでは出してくれない。


それを見ると、自宅から学校までの3,000mの内訳は

自宅を出て800mかけて50mを下り
その後400mで30m上り
500mで30m下り
残り1,300mで10m下っている

ということになる。 随分と位置エネルギーを無駄にしているものである。

なお、1997年に長野新幹線が開業するまで、JRの中で最も急勾配だった碓氷峠は66.7‰だった。これは1000m移動する間に66.7m上昇する傾斜である。 (現在の1番は知らない) 最初この話を聞き、実際に
66.7‰
という図を描いてみて、
(何と緩やかな坂だろう。)
と思った。しかし自分の通学路の傾斜が、この碓氷峠とほぼ同じということが分かると、碓氷峠は大変な急勾配だったことを認識する。なおこの文章を読んでいる人にとって身近な坂を挙げると、川内キャンパスから青葉山のサイクロトロンまでの勾配が、碓氷峠と同じくらい。
また、高校時代の通学路の方がもっと距離も長かったし標高差もあったのだが、それでも私の通学距離は同級生の中で平均的なものだった。高校が泉からの遠距離通学者によって支えられていたことを実感するとともに、自分の身体的な衰えを感じざるを得ない。

なお、上記のサイトには、先日の東京マラソンのコースも掲載されている。
大変面白いと思うと同時に、「東京は坂の街」と言っても、やはり平地なのだな、と思ってしまった。 多分東京も坂のあるところは坂があるんだろうけどね。
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砧音月

著者・管理人:砧音月
東北の病院に就業中
2008年卒業

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