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万国診療協議会

何人かの同級生も書いていますが、先日マッチング説明会と病院説明会がありました。マッチングの図解なんて説明されても、いまいちピンと来ない。

医学生の今後についてちょっと説明すると、6年間の医学部が終わった後、「研修医」(「きらきら研修医」とか「研修医ななこ」の研修医。観ていないけれど。)として2、3年間どこかの病院に行って働きながら勉強することになります。その研修病院を決めるために行われるのが「マッチング」で、病院側と学生側の希望を元に、研修先を決めるのだそうな。

自分の高校、大学の受験を振り返ってみると、近くに憧れの高校、大学があって、偶然そこに入学できる学力と運があったから今の進路がある訳で、何か積極的な選択を行った記憶が無い。
東北のどこかに行きたいと思っているのだけど、まだ全然決まっていない。大病院、小規模病院、首都圏の病院、田舎の病院とか沢山種類があって、それぞれ長所も短所もある。
大病院に行った研修医は大病院のメリット(色々な専門家がいる)を強調するし、
小規模病院の研修医はアットホームな雰囲気、と薦めるし、
都会の病院の医者は「頭を使った医療が出来る」と言うし、
田舎の病院は「体が動くようになる。」と言う。

更に「最初の2年間が重要」と言う人もいれば
「最初の2年間で何ができたかなんて、その後の医者の人生を左右しない。」なんて人もいる。
結局、行く本人が何をしたいかに懸かってくるのだ。

で、ここからが本題。
その病院説明会の前に、協議会に会費を払う必要があった。金額は2,000円。そこで気付いた貴方は偉い。どうせなら1枚のお札で支払って、相手の手間を省かせてあげ、ささやかな幸せ(いやがらせ……の訳ない)をプレゼントしてあげようとクラスのみんなに提案した。
何故か話に乗る人多数。こんなにノリの良いクラスだとは思いませんでした。中には1万円札しか持っていないのに弐千円札札5枚を押し付けられた受け取ってくれた人もいて、事前に準備した弐千円札45枚はほぼ完売しました。皆さんどうも有り難う。会計に高く積もった守礼門を見てこみ上げる笑いを止めるのに必死でした。あと、お蔭で、久し振りに樋口さんにお会いできました。月曜日に新たな守礼門を調達するまで、樋口さんのちょっとイっちゃったような渦巻状の目を見て過ごすことにします。

付記:
上の文章で「幸せ」を額面どおり受け取れない方は心が汚れています。FirefoxOperaを使って心を清めることをお薦めします。
あと、お金で遊んじゃいけません。
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通学路

先週自転車がパンクしてしまい、自転車屋に直してもらったら
「タイヤ自体がも随分劣化しているね。」
「チェーンも大分緩んでいるし。」
と自転車の寿命を暗に示唆された。川内に通っていた頃は1年に1台のペースで自転車を破壊してきたので、星陵に通うようになってから3年間も自転車が壊れなかったことの方が私には驚きなのだが、自転車屋の主人にしてみたら、たったの3年でここまでボロボロになったことに驚きだったようだ。毎日3km往復したら1年間で1,500kmくらいになる。これは仙台-福岡に匹敵する。しかも雨だろうが雪だろうが構わず自転車を飛ばしていたらボロボロになるのも仕方ない、と思うのは自転車を乱暴に使っている者の甘えだろうか。

私は学力でも体力でも同級生の自慢になるような力は持ち合わせていない。唯一自慢になることといったら、山から毎日自転車で通っていることになる。距離自体は3km短いが、矢鱈と標高差がある。そういった標高差を調べて私の自尊心を満足させるサイトは無いものかと思っていたら、あった。

ALPSLAB route

標高を表示してくれるだけでなく、2点を選択すると自動的に道のりまで計算してくれる。
mapionの距離測定:キョリ測(ベータ)でも、距離は出してくれるが、道のりまでは出してくれない。


それを見ると、自宅から学校までの3,000mの内訳は

自宅を出て800mかけて50mを下り
その後400mで30m上り
500mで30m下り
残り1,300mで10m下っている

ということになる。 随分と位置エネルギーを無駄にしているものである。

なお、1997年に長野新幹線が開業するまで、JRの中で最も急勾配だった碓氷峠は66.7‰だった。これは1000m移動する間に66.7m上昇する傾斜である。 (現在の1番は知らない) 最初この話を聞き、実際に
66.7‰
という図を描いてみて、
(何と緩やかな坂だろう。)
と思った。しかし自分の通学路の傾斜が、この碓氷峠とほぼ同じということが分かると、碓氷峠は大変な急勾配だったことを認識する。なおこの文章を読んでいる人にとって身近な坂を挙げると、川内キャンパスから青葉山のサイクロトロンまでの勾配が、碓氷峠と同じくらい。
また、高校時代の通学路の方がもっと距離も長かったし標高差もあったのだが、それでも私の通学距離は同級生の中で平均的なものだった。高校が泉からの遠距離通学者によって支えられていたことを実感するとともに、自分の身体的な衰えを感じざるを得ない。

なお、上記のサイトには、先日の東京マラソンのコースも掲載されている。
大変面白いと思うと同時に、「東京は坂の街」と言っても、やはり平地なのだな、と思ってしまった。 多分東京も坂のあるところは坂があるんだろうけどね。

くまぼぅからのバトン

小中学校の同級生のくまぼぅからバトンを回してもらいました。 私を色に喩えると

四角く切った紙に厳格に塗られたグレー


(↑あまり色が変わっていない)だそうです。
確かに淡い色が好きですが、今まで自分を色で表現したことが無かったので、なるほど、と思いました。 同級生とは有り難いものです。

★1、ときめく○○な人。3人。
○○=異性
・心の大きな人
・目の上に眉毛が自生している人
・螢の光を最後まで歌える人

★2、嫌いな○○。3つ。
・開くたびにうるさい
・顔が貧相
・ロングシート






○○=701
エイスケ氏、ごめんなさい。でも 東京からの350kmが全部ロングシートだと嫌になります。

★3、お金をかけられるもの。3つ。
・旅行
・サークル活動
・弐千円札(但し等価交換として)

★4、好きなもの。3つ。
・温かい布団で寝ること
・入浴中に寝ること
・暗い講義室で寝ること

★5、今、欲しいもの。3つ。
・進級
・計画性と行動力
・言語能力

★6、バトンを受け取ってくれそうな5人
★7、その5人を色に例えると。

みなさん鉄色ですが
■■■2.1ch氏 仙山線の緑色■■■
■■■めいてつ氏 宮交・名鉄色の赤色■■■
■■■蒼氏 山交の水色■■■
■■■エイスケ氏 秋田の桃色■■■
■■■長セ氏 北高校の水色■■■

★8、近づきたいから。。。
螺旋のようにグルグル回る

★9、嬉しくて。。。
泣く

★10、好きだから。。。
集める

★11、愛しいから。。。
幸せを祈る

★12、かわいくって。。。
なでる

★13、恥ずかしくて。。。
言葉にする

★14、もどかしくて。。。
別のことをする

★15、逢いたいから。。。
風まかせ


本日は市立病院で実習。 家を出発した時は雪だったのに着いたら雨で、山と里の天気の違いを考えさせられました。

テーマ : 日記
ジャンル : 日記

「それでもボクはやっていない」を観て

木曜日にマルジョウ氏達と一緒にそれでもボクはやっていないを観てきた。白い巨塔を医療従事者が見れば首を捻るのと同様、法律の知識のある者がこの映画を観たら実態とは違うと思うかもしれないけれど、取り敢えずこの映画が実際に起こってもおかしくないという前提で話を進める。あと私は痴漢を行った事も無いし、痴漢に遭った事も無いので加害者・被害者の気持ちに共感できるかどうかは分からないが、とにかく話を進めることにする。

あらすじ

映画は、通勤電車の中で痴漢に間違えられた男性が、裁判を受ける様子を克明に追っている。 主人公はスーツを扉に挟んでしまい、それを取ろうと不審な挙動を行う。下車後に女子中学生に袖を捕まれ、痴漢だと言われ、駅員室、警察署、という流れになる。そこで怒鳴りつける刑事、「裁判で争っても利益は無い。」と言う当番弁護士、「間違って触ったことにすれば良いんだよ。」と囁く刑事などが登場する。

小人の忠実さが悲劇を生む

その様子を見て、
(誰も悪人がいないのに悲劇が生まれるのだな。)
と感じた。女子中学生は勇気を持って痴漢を告発した被害者だし、彼女の肩を持ち駅員室に主人公を連れて行ったサラリーマンも善意の人である。主人公を警察に渡した駅員だって職務を忠実に果たしただけである。

映画の中では刑事や裁判官が一見悪者に見える。しかし怒鳴りつける刑事も、彼の正義;真実を調書として書き上げることに忠実に従っただけ、検察も真実を明らかにするために一生懸命なだけなのだ。しかし、根本にあるただ一つの過ち、つまり 「主人公が痴漢を犯した」 という勘違いのために主人公は窮地に追い込まれていく。

そして、目的とは往々にしていつの間にかすり替わっていく。刑事の仕事は、彼の信じる真実を作文することとなり、検察は彼を有罪にすることが目的となって行く。どんな専門知識を持つ人間も、所詮はつまらない小さな人間であり、自分達で証拠を集めて起訴した案件を否定されてプライドを傷つけられたら不快に思うし、自分に不利なことを自ら進んで実行する訳には行かないのだ。
誰かが主人公を陥れようと考えているわけでもない。各々が、各々の職務を貫き、人間性の小ささをカバーできなかった結果、悲劇が生まれるのだった。別に警察が悪人ではない、ということが最もよく表れたのが、主人公が保釈される時に警察官が満面の笑みで
「今までよく頑張ったな。警察の内部でも、まさか起訴になると思っていた人はいなかったんだ。」

と話し掛ける場面だった。

また穿った見方をすれば、痴漢事件の根本には 「殺人的な通勤ラッシュの改善を怠った鉄道会社」 にも遠因があるはずだ。ここ20年間で少子高齢化が一層進んだから、通勤者の数は多分あまり増えていない。もしかしたら減っているかもしれない。にも関わらず、殺人的な混雑を改善する努力の足りない鉄道会社は、痴漢並びに痴漢冤罪を幇助しているのではないか、とすら思えてしまう。勿論、鉄道会社は投資に見合うだけの利益が無いから、混雑の改善を現状に留めているのだろうけれど。そして、当然ながら鉄道員は何の悪意も抱いていない。

映画の結論に関して、不満に思う人も多かったと思う。私はあれでも良かったと思うのだが、どうせならば、主人公に有罪判決を下し、最後に裁判官が
「自分の犯した罪を真摯に反省し、立派な社会人になって下さい。」
と微笑む方が、今の司法制度のおぞましさを際立たせることが出来たと思う。

十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ

さて、映画の冒頭に
「十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ」
という格言が出てくるのだが、果たしてこの格言は正しいのか?
多分、法律家にとっては正しいのだろうけれど、裁判ではなく世間一般の考え方は「疑わしきは罰せず」どころか 「人を見たら泥棒と思え」、「李下に冠を正さず」 である。上の文章を借りるならば
「十人の無辜を罰するとも一人の真犯人を逃すともなかれ」
である。買い物客は確証が無くても宮崎県産の鷄肉を避けるし、私は裁判の結果が出る10年も前からオウム事件の首謀者たちは死刑に処されるべきだと信じていた。また法的なプロセスを重視するあまり逮捕された犯人を処罰できない、という本も存在する。(参照:復讐法廷)

裁判所では世間の非常識を教えているのか?
あくまで個人の解釈であるが、寧ろ世間が冤罪が起こることよりもよりも真犯人取り逃がしてしまうことを重視しているからこそ、裁判所は真犯人取り逃がしよりも冤罪を重視しなければならないと考える。両方で綱引きをすることでより良い状態を作るしかない。

冤罪に関係のありそうなもの

これらの事件が冤罪か本当に真犯人なのか素人の私には区別できないけれど、ちょっと気になった話題を。

最後に裁判劇を見て不思議に思ったこと

裁判の主役が検察と弁護人であること。
被告人も被害者も、その中ではあくまで証人でしかなく、検察と弁護人の駒であったこと。
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砧音月

著者・管理人:砧音月
東北の病院に就業中
2008年卒業

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