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学部紹介

先日、二高(私の出身校)から封筒が送られ、「学部・学科紹介執筆のお願い」が送られてきた。しばらく大学の白い紙に慣れていたので、高校でずっと使っていた石巻更のくすんだ白さに高校時代を懐かしく思った。
まだ詳しく読んでいないのだが、二高生に大学を紹介する文章を書き、また時間に余裕があったら説明会も行って欲しいとのことだった。普段
「共学になった時点で、二高は自分の母校ではない」
とか思っていたし、4年から5年に進級するときにあまりに沢山の同級生が留年したため
「これからは大学の悪口を言いまくってやる。」
などと息巻いていたけれど、いざ大学紹介をしてくれ、と頼まれると、そのような意地悪をする気も失せて、できるだけ客観的に、現役の高校生に役立つ情報を提供したいな、と思うのであった。

泌尿器科の勉強をしながら、フワフワと
「現役二高生にどんなことを説明しようか。」
と思っていた。何かメッセージを伝えるとすれば、と思い、今のうちに草案を書いてみることにする。

高校の勉強について
例えば「高校の勉強の大切さ」。医学部の勉強で、高校時代に習っていた学習が役に立つのは、化学、生物、英語くらいなものだ。(ちなみに私は高校生物を習っておらず、大学で苦労した)数学だって、一応統計処理が必要な場合があるけれど、統計は高校数学では殆ど扱わない。実際の所、算数レベルの計算が出来れば医学部の勉強にはあまり困らない。また国語は、日本語の下手な某教授の執筆を理解するためには必要だった気はするけれど、古典だの社会だのは、別に学ばなくても困る訳ではない。では、何のために不必要な勉強をするのか。

物凄く割り切って答えてしまえば「大学に入るため」という理由になってしまう。例えば家柄や財産、くじ引きで大学に入れる世界では困る。大学の学問に直接関係するわけではないけれど、とりあえず、誰もが(しぶしぶであっても)認められるという選抜方法が、受験勉強なのだ、と思いたい。

ただ、それだとあまりに悲し過ぎるので、高校の勉強を行うことそのものの意義についてもう少し考えてみたい。その意義について「勉強の方法を身に付けるため」という答えはどうだろうか。大学で学ぶことは膨大である。
――どのくらい膨大か、という喩えを考えてみた。実際は覚えることの種類が違うので、高校の勉強に喩えることは出来ないのだが、「1ヶ月に世界史の教科書を1冊終えるくらい」とでも言えば、高校生たちにも分かって貰えるだろうか。(多分、範囲の広さはそのくらい広いけれど、試験に出るのは基本的なことなので、センター試験のように大変ということは無いと思う。)――
しかも大学の教育は非常にいい加減である。いい加減、というよりも大学は研究する場なので、教育はその片手間に行われている気がする。そしてあまりにも教えることが多過ぎて授業ではほんの一部しか教えることが出来ない。そうなると高校のうちに、教科書の読み方、覚え方、なんかを自分なりに確立することが必要なのではなかろうか。

また、大学以降の勉強や研究なんて、他人には理解して貰えない。例えばノーベル賞を取った人の業績を新聞で読んで「ふーん。」と思っても、実は大して理解できていない。「頭が良いか、教養があるか」というのは皆が進学する高校までの知識をどれだけ自分のものにしたか、ということが評価されるような気がする。私は精神科の患者さんと話した時に
「氷川きよしは馬鹿だ。田原坂の戦いも知らない。」
と言われて冷や汗をかいた経験がある。私自身、田原坂の戦いを名前程度でしか知っていなかったからだ。一応、医者は「頭が良い」とされている(多分)ので、高校までの勉強なら自信を持って答えられる、くらいならば恥ずかしくないのではなかろうか。

友人の大切さについて
そして、同級生の大切さ。医学部は特に医者になりたい者しか集まってこない。高校のように様々な目標を持った人間が集まっているときの同級生と友情を深めておくことが後々大切になると思う。
実際に二高に通っていた頃、私は自身がそれほど楽しい高校生活を送っているとは思っていなかった。確かに楽しいけれど、他のオトナ達が言うほど、輝いているもの、という気はしなかった。しかし、卒業から時間が経つごとに高校時代の記憶が輝いてくるようになった。その気持ちは、高校を離れなければ分からないのだろうけれど、少しでも伝えられたら、と思う。

高校の勉強をしっかりマスターしておくということと、同級生と沢山話しておくことの両方に言えるのが、「会話の引き出しを沢山作っておく」ということ。沢山本を読んで、ゲームもして、色々なことに興味を持っておくことが、後々患者さんと話すときも女の子と話すときも役立つのではないか、と思う。

さて私がそんなアドバイスを出来るほど、立派な高校、大学時代を送ったかというと、送っていた訳が無く、だから今の高校生たちにはそんな高望みをしたい、と思うのだ。あ、あと高校時代の友人の大切さは自明の理のため、長々と受験勉強の意義を書いてしまった。反省。



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砧音月

著者・管理人:砧音月
東北の病院に就業中
2008年卒業

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