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原稿

以下、二高生向けの学部紹介文で書いた文章。今回の発表はこの文章を元に行い、今後、この原稿が冊子として配られるそうである。
偏っている人間なので、同級生にも見てもらって意見を書き加えて行ったけれど、もうちょっと推敲したい。特に、医学部と浪人、医師のメリット・デメリットあたり。


 医学部は他学部と異なり、専門科目の選択、コース選択、研究室配属、ゼミが存在しない。6年間のうち殆どの期間で、皆が同じ授業を受け、同じ実験を行い、同じ診療科での実習を行う。また卒業生は全員が医師という特定の職業に就く。一口に「医師」と言っても実際には様々な働き方があるものの、大学に入学した時点でその後40年間の大まかな路線が決まってしまうという点で非常に特殊である。そこで、本文では大学の6年間やその後を概説するとともに、私が他大学や他学部の人と話して気付いた相違点を述べたい。

○東北大学医学部の6年間


 本学医学部では1年に教養教育、2・3年に基礎医学、4年に臨床医学の授業を受ける。5・6年になると授業は無く病棟での実習が行われる。1年の教養教育、3年後半の基礎修練、6年前半の高次修練を除き100人全員が同じ授業・実習(生物実験や病棟実習)を受ける。2年以降は基本的に月曜日から金曜日の1校時から6校時(1コマ60分)まで授業や実習が行われる。実習は朝7時半スタートの日や21時までかかるという日も稀にあるけれど、大抵は9時から17時の間で済まされる。長期休暇は夏1ヶ月、冬2週間、春1ヶ月で、春休み以外は高校と同じ。だからライフスタイルは高校に似ている。実際には必修科目でも出席者の少ない授業も多い、休みに宿題が出る訳でもない、アルバイトなどで経済的にも潤う、自動車も運転できる人が多い、といったことから高校時代に比べて行動範囲は格段に広がる。

 大学に入学して1年のうちは川内で一般教養の授業を受ける。語学や体育、生命科学などの数科目が必修科目に指定されるが、他学部に比べると数は少ない。例えば、本人が望まないならば数学や物理を全く選択せずに進級可能だ。しかし、2年以降は川内に行く時間が無くなるので、1年のうちに川内で取得すべき単位は全て取得することが求められる。語学に関しては英語と初修語(第2外国語)が必修になっている。初修後はドイツ語、中国語、フランス語、スペイン語、ロシア語、朝鮮語などから1つ選択する。「医学はドイツ語」と思う人は多く、確かに医学部生の半分程度はドイツ語を選択する。しかし今の医学の国際言語は英語なので、初修語は何を選択しても構わない。大学は8・9月が夏休みになるが、補講や実習をこの期間に入れる学部もある。医学部は9月中旬に「1次臨床修練」と呼ばれる実習を行う。大学病院の検査室や介護センターの見学、BLS(一次救命処置)の実習などを行う。
 2年になると星陵(大学病院のある所)で専門教育が始まる。医学は大きく基礎医学と臨床医学に分けられる。内科や皮膚科といった一般の人が考える医学は臨床医学に属し、学ぶのは4年以降となる。2、3年のうちは基礎医学として
・解剖学:人体の構造を知る学問。肉眼解剖学、脳解剖学、発生学、組織学などに分けて学ぶ。
・生理学:人体の働きを知る学問。心臓や脳の働きやホルモンについて。
・医化学:生体内の化学反応を知る学問。エネルギー産生の仕組み、DNAの構造など。
・薬理学:薬の働きを知る学問。
・病理学:病気になる仕組み、病気のときの体の状態を知る学問。
・微生物学・免疫学:細菌やウイルスの分類、性質、それらからの体の防御方法を知る学問。
・社会医学:医療に関わる法律などについて学ぶ。公衆衛生学、衛生学、医の倫理学、法医学など。
などを学ぶ。授業の合間に実験も行われる。二高や大抵の大学の時間割は半年間ごと作られるが、医学部の時間割はもっと細かい。6月でこの科目の授業は終わり、来週のこの時間は別の科目、ということも多い。2年次は授業の無い日に地域医療実習として一般病院を見学する。3年の後半になると「基礎医学修練」という3ヶ月間研究室に配属される期間が設けられている。これは他学部の研究室配属と異なり、大学4年以降の進路とは一切関係が無い。この期間を利用して外国の研究室に留学する学生や論文を発表する学生もいる。なお基礎医学修練の期間以外でも研究室に通う学生もいる。
 4年になると臨床医学の授業が始まる。科目は、内科(循環器、呼吸器、腎臓・高血圧・内分泌、糖尿病・代謝、血液・免疫、消化器、神経)、外科(一般・消化器、移植・腫瘍・乳腺、心臓血管、呼吸器、脳神経、小児、整形・形成)、小児科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、精神科、皮膚科、泌尿器科、麻酔科、放射線科、救急、臨床検査、と病院の看板に書かれそうな科全て。1年をかけて授業と試験を受けることになる。学生は病棟実習前に共用試験と呼ばれる全国的な試験に合格する必要があり、4年の最後にCBT(コンピューターを使った学力試験)とOSCE(聴診器の使い方などの実技試験)の2つの試験を受ける。
 5年はBSL(Bed Side Learning)という、大学病院の中での病棟実習が始まる。5人1組のグループを作り、2週間ごとに上に挙げた科の殆ど全てを回り、診療現場の見学、患者の医療面接、症例発表などを行う。
 6年の前半は4ヶ月間、自分の好きな研究室・診療科に行く「高次修練」が行われる。やはりこれも進路と関係なく選択でき、1ヶ月ごとに科を変えることも可能である。夏休み中に病院の採用試験を受け、翌年研修する病院を決める。夏休みが明けると卒業試験と卒前講義が始まる。学校としての行事はこのくらいで、あとは2月に医師国家試験まで各自が勉強することになる。
 現在、全国的にカリキュラムが変わりつつある。本学を含めて、与えられ症例を学生が各自調べて討論を行う「チュートリアル」を採用している大学も多い。また解剖学や生理学といった括りではなく神経系や循環器といった臓器ごとに教育を行っている大学もある。
 また医学部は他学部とキャンパスが離れており時間割も変則的なため、医学部独自のサークルが存在する。多くの運動部では東医体(東日本医科学生総合体育大会)と呼ばれる医学部サークルでの大会が行われる。

 医学部を卒業して多少の医学知識を持っていても、実践を全く伴わない。そこで卒業後、ほとんどの卒業生は2年間の初期研修を行う。その際「マッチング」と呼ばれる仕組みで研修病院を決定する。昨年度は宮城県の病院に30人、他の東北地方に44人、関東地方に17人、その他17人だった。中には非常に有名な病院で研修を行う者もいる。大学卒業の段階で自分の専門を決めても良いし、初期研修が終わってから決めても良い。初期研修が終わると、更に専門的なことを学ぶ後期研修を行ったり、研究・博士号取得のために大学院などに進む。また専門医や認定医を取得する医師も多い。一般に医師が一人前になるのに卒後10年かかると言われる。卒業生の中には基礎研究医や厚生労働省医系技官といった、診療には直接関わらない方向に進む者もいる。

○医学部というところ、医者という仕事について


 6年間学んでみての本学医学部の特徴を挙げてみる。
・研究は結構凄いことをやっている。教育は特に優れていない
・5、6年になると仙台や東北の病院で実習ができる。また他大学に比べて病院見学を行うチャンスが多い
・MD-PhDコースがあり、大学4年から大学院に編入できる
・3年の基礎修練や6年の高次修練など、学生が自由に時間を使える期間が多い
・学生の7割は東北外から来る。敢えて東北大学を選ぶだけあって、個性的な人が多い
・再受験生を冷遇しないので、毎年5人ほどの再受験生が入学する
・周りにライバル校が無いので教員も学生もノンビリしている
 医学部を目指す者にとって、入りやすい大学と希望する大学のどちらを選ぶかは非常に難しい問題である。「良い大学」に入るために何浪もする人の姿を見て、大学に拘らずに1年でも早く医者になるのが良い、と私は考えていた。医学部は医師の養成学校であり、学生の段階で大学の研究に携わる者は少ない。医師になる教育を考えた場合、大学によって細かい違いはあっても大まかには一緒という認識で構わない。むしろ「良い大学」ほど放任主義になっている傾向がある。だがそれに対して浪人経験の同級生(二高の先輩)は私の意見にたいそう渋い顔をし、東北大学の宮城県内出身者は少ないのだから、二高生はもっと積極的に挑戦して欲しいくらいだ、と主張した。かく言う私も受験生の頃の合格可能性がほぼ半々であり、危ない賭けの末に現在がある。人脈の点では地元の大学が、最先端の研究に触れる点では旧帝国大学といった研究を重視している大学の方が優れているだろう。一方で人脈や研究は初期研修・大学院進学の選択で挽回可能という意見もある。私自身まだ医師として働いたことが無いので推論でしか語れないが、両者を天秤に掛けて慎重に決めて欲しい。

 医学部と他学部の生活を比べてみると、医学部の勉強も大変だけど、他学部(特に理系)の勉強も大変そうである。学校生活に関すれば、医学部は朝が早く日中に空いている時間は無いけれど、夜は比較的早く帰宅できると思う。勉強の内容に関して医学部や歯学部の同級生に尋ねてみると、口を揃えて「暗記する量が多くて驚いた。」という言葉が返ってくる。計算問題を解くといった頭を使う作業は皆無に近いが、教科書の内容を頭に入れておかねば話にならない。私が大学に入ったとき、教授から挨拶で「医学は英語に似ている。」と説明された。英語を学ぶ際に英単語を覚えてから文法を理解するように、まずは理屈抜きに覚えねばならない用語が存在し、その後でそれらの働きを学ぶ、という趣旨だった。医学の教科書はやたらと分厚いが、理解を深めるために詳しく書いているので教科書の内容を全部覚える必要は無いし、重複する内容も多い。だから暗記の分量を高校の教科書で喩えるのは難しい。もし敢えて説明するとしたら、世界史Bの教科書を1~2月で1冊ペースで読破するくらい。暗記量が多いため仮面浪人生やサークル活動や遊びに熱中し過ぎた人、記憶力が衰え始めた再受験生を中心に留年が発生する。私の学年は留年者数がやや多く、6年間で医学部を卒業するのは101人中83人である。

 次に学費に関して。主に使用している教科書・国試用問題集の費用を集計してみたらざっと50冊30万円だった。これに白衣、解剖用メス、サンダル、模試といった費用10万円くらい。これは恐らく平均よりやや少なめな金額だが、もっと安く済ませようと思ったら大学の図書館で借りたり先輩から讓り受けることも不可能ではない。
 医学部の授業料は高いと言われるけれど、実際には大きく3つに分けられる。1つ目は国公立大学。大学の独立行政法人化で多少の違いが生まれたようだけど、現段階では他学部とほぼ同額で350万円(6年間。以下同)。2つ目は私立大学。2,000~5,000万円だが奨学金も利用可能らしい。そして3つ目は自治医科大学・防衛医科大学・産業医科大学。無料。但し9年間の僻地・自衛隊・産業衛生での勤務を求められ、専門医や博士号を取得は他の医者よりも遅れる。勤務を断った場合私立大学並みの償還金が必要となる。

 医師として働くことのメリットを考えてみると、病で苦しんでいる人を救うというかけがえのない仕事に携わることができること、人間の生命に直接携わることが出来ること、収入が確保されることが挙げられる。一方デメリットとして、医療訴訟の危険性が挙げられる。医療では最善を尽くしても残念な結果になることは多々ある。しかしそのような場合でも現在は訴えられ、敗訴になる可能性がある。そのため現場の医師達は戦々恐々としている。また医師になってからも発展し続ける医学を常に勉強して行かねばならないし、常に病院に呼び出されるためプライベートな時間が犠牲になる。医業が好きでなければ医師を続けることは難しい。そして、現在盛んに言われているように宮城県でも医師の不足が著しい。医師の多くは過労気味である。また医師になれば一定の収入を得やすいことは確かなのだが、医師の責任や拘束時間を考えたり外国の医師と比較したりすると、必ずしも高給とは言えない。
 医学部に進みたいと思った人は、その動機をもう1度考え、できれば紙に書いてみて欲しい。将来辛くなったときに自分を励ましてくれるだろうから。そして是非とも宮城県の地域医療ために、そして日本、世界の医学発展のために頑張ってほしい。

○二高生へのメッセージ


 多分他に書く人もいないだろうから、まずは高校の勉強について書いてみよう。医学部では、化学・生物は医学の基礎だし、医学の世界では英語が国際用語になっている。だからそれらは特に頑張ってほしい。では、それ以外の科目は何のために勉強をするのか。物凄く割り切って答えてしまえば「大学に入るため」という理由になる。例えば家柄や財産、くじ引きで大学合格者が決まる世界では困る。大学の学問に直接関係するわけではないけれど、とりあえず、誰もが(しぶしぶであっても)認められるという選抜方法が受験勉強なのだ、と思いたい。
 ただそれだとあまりに悲し過ぎるので、高校の勉強を行うことそのものの意義についてもう少し考えてみたい。その意義について「学習の方法を身に付けるため」という答えはどうだろうか。大学で学ぶことは膨大である。しかも大学の教育は非常にいい加減である。いい加減、というよりも大学は研究する場なので(大学病院の役割は研究・臨床・教育の3本柱と言われている)、教育はその片手間に行われているのだ。そしてあまりにも学ぶべきことが多過ぎて授業ではほんの一部しか教えることが出来ない。そうなると高校のうちに、教科書の読み方、覚え方、なんかを自分なりに確立することが必要なのではなかろうか。
 また、大学以降の勉強や研究なんて、他人には理解して貰えない。例えばノーベル賞受賞者の業績を新聞で読んで「ふーん。」と思っても、実は大して理解できていない。「頭が良いか、教養があるか」というのは皆が進学する高校までの知識をどれだけ自分のものにしたか、ということが評価される。一応医者は頭が良いとされている。高校までの勉強なら自信を持って答えられるならば恥ずかしくないのではなかろうか……と思って、学校の勉強に励んでみて下さい。
 次に友人の大切さについて。大学、特に医学部は特定の目的の者しか集まってこない。それに学生全員が集まる機会が少なく学生間の関係は意外に狭く希薄だ。高校のように様々な目標を持った個性溢れる人間が一堂に会するというのは、実はとても貴重なことなのだ。だから高校の同級生と友情を深め、色々なことを話し合う経験が後々とても大切になる。
 そして高校の勉強も同級生との会話も「会話の引き出し」を沢山作ることにつながる。医師は患者さんと良好なコミュニケーションを築くことが求められる。沢山本を読んで、ゲームもして、色々なことに興味を持って、高校のうちからコミュニケーション能力を磨いておこう。
 二高に通っていた頃、私は自分が楽しい高校生活を送っているとはあまり思っていなかった。確かに楽しいけれど思い通りに行かないことが多々あったし、他のオトナ達が言うほど「輝く青春」という気はしなかった。しかし、卒業から時間が経つごとに高校時代の記憶が輝いてくるようになった。若さはそれだけで才能だし、これだけの仲間が集まるのは今しか無い。多分私がそんなことを言ってもピンと来ないだろうし、ピンと来た人も10年後にはまた別の感傷が浮かぶだろう。でもそれで構わない。青春なんて当事者にはピンと来ないものなのだから。そんなあなたたちに、ちょっとだけ先輩の私が万感の思いを込めてメッセージを伝えてみよう。
 今は勉強や部活でアップアップしているかもしれないけれど、それでも毎日を一生懸命過ごして下さい。そうすれば今の日常は未来できっと輝き出すから。

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母校での学部紹介

今日は二高生に医学部の紹介を行った。

待合室となった部屋で、他に発表する工学部の研究内容を見せてもらった。デラ君と2人で
「工学部は研究成果を発表するのに、医学部は目ぼしい発表が出来ないね。」
と苦笑いする。工学部の研究も、一体何を行っているのか医学部の私には理解できなかった。工学部の人自身
「多分、二高生に話しても理解してもらえないと思う。」
と話していた。

発表まで時間があるので、デラ君と、学校の中を歩き回る。デラ君は随分と学校を懐かしんでいる感じだった。私も今まで何回かは卒業後の学校に来ていたけれど、やはり少しずつ変わって行く母校に幾分の寂しさを感じた。

14:50から1回目の発表が行われた。家から白衣を持ってきていたので、景気づけに白衣を着て発表を行うことにした。最近白衣を着ていない。いわゆるコスプレである。二高生達に自分の入学の写真や卒業の写真を見せたけれど、その頃からコスプレが好きだったのかしら。

私は40分も話すことは無いだろうと思い、少し冗長な話し方をした。時間割の説明なんかに時間を割いていたら、医師のメリット・デメリットといったことを話す前にチャイムが鳴ってしまった。この段階で45分の経過である。慌てて、残りの「二高生へのメッセージ」といったことを話すことになった。

2回目は1回目の反省を生かして、できるだけ淡々と話すことにした。そのお蔭で、医師としてのメリット・デメリットや医学部の特殊性を十分に説明した上で、5分の時間が余った。質問を受け付けた所、
「医師を志す者が多いのに医師が不足しているのはなぜか」
「行政と医療との関係での具体的な問題点は何か」
「医学部と薬学部の違いは何か」
「後期研修と、市中病院での勤務の違いは何か」
といったことを尋ねられ、まだ学生の私はその質問にタジタジになってしまいデラ君が代わりに質問に答えてくれる、という状況になった。最初に和賀先生から説明されたように
「今の2年生は、とっても真面目。ただ、それに学力がついてこないけどな。」
という言葉を実感した。

解散の時に、二高生一人をつかまえて
「どうだった?」
と尋ねてみると、東北大学を目指し続けるか、他の大学を考えるべきか迷っている、という返事が返ってきた。また彼は部活と勉強との両立に悩んでいるようだった。彼は以前パニック障害に陥った事があり、それをきっかけに心療内科や精神科といった科に興味を持ったそうである。デラ君との二人で可能な限りのアドバイスを行う。そういった人が医学部に来てくれれば良いな、と思う。

デラ君は高校時代も結構自分で計画を立てて勉強をしていたそうである。私は完全に二高に任せており、勉強の計画を立てたことすらなかった。小会議室に戻ってから話を聞くと、しっかりと計画を立てて勉強していた人、勉強は図書館で済ませて、家では勉強しないと言う方針を徹底した人、がいて、そこまで徹底しながら勉強していた人がいたのか、と驚いた。私はそこまで自分を追い詰めて勉強した事が無かった。

大学生が
「二高は部活動が盛んで、他の高校の出身者から驚かれるんですよ。」
と話すと和賀先生から
「二高から部活を取ったら何も残らないじゃないか。」
と返された。高校生が勉強をやらなければならないのは当然のことではあるけれど、やらなければならないことの他に、やりたいことを行わなければ息抜きも出来ない。二高をそんな高校にはしたくない、という熱い思いが伝わった。

和賀先生は、昔は生徒に「家に帰って勉強しろ」と言っていたけれど、今は「家で勉強しなくて良いから、学校で勉強を済ませろ」と言っているそうである。運動部で熱心に体を動かしていた生徒は、勉強しなければならない、という意識はあるものの、体がそれについていかないために精神的に陥込んでしまうという悪循環に嵌ってしまうのだそうである。それならば、いっそのこと勉強を朝早く行う、休み時間中に集中して行うということを行えば勉強時間は確保できるし、そういった細切れの時間を勉強に有効活用することが、受験勉強にも役立つ、という考えだった。
和賀先生は私達の頃に比べると「丸く」なった。これは先生自身の成長であった。
「卒業生を送り出して、その都度、これで良かったのか考えるんだよ。卒業して適当な大学に合格したから後はどうでも良い、で教師が何も学ばないというのでは、卒業生に失礼だろ。」
と言われ、先生がそこまで生徒のことを考えていたのかと驚いた。教師という者は、教科を教えるだけでなく、その生き様をも背中で教える存在なのだ、と卒業して何年も経ってようやく気付いた。そしてそんな高校で3年間を過ごせたことを心から感謝した。

あれも言おう、これも言おうと気負いばかりして、言いたい事をあまり言うことが出来なかった。帰宅してからそのことばかりが頭の中を回って
「自分は大した力も無いのに偉そうに話しただけなのではないか」
という気分にも陥った。それでも高校生にメッセージを伝え、高校からもメッセージを受け取ることが出来たので、良しとしたい。

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砧音月

著者・管理人:砧音月
東北の病院に就業中
2008年卒業

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