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樹海④ 3月22日 田子の浦ゆ

朝起きて、宿で用意された朝食を食べながら、窓越しに富士山を眺める。朝食と言っても、おにぎり2つとサラダ程度のものだが。この日の富士山も、雲一つ無く澄み切っていた。職員から
「ずっと地元に住んでいると、富士山の素晴らしさを特に感じないけれど、他所の人にとってはやっぱり素晴らしいみたいですね。ある中年女性は、5回静岡を訪ねて、5回目にしてようやく富士山を見ることが出来たときは、その場にしゃがみこんだんですよ。」
と言われた。確かに、それだけの山だと思った。

その後、前日に夕闇の中尋ねた白糸の滝・音止の滝を再度訪ねた。手前にある駐車場は500円、奥にある駐車場は300円、隣の店で富士宮焼きそばを買えば、駐車場代は返却、というものだった。そこの主人が面白い人で、駐車場の名前は「あとのまつり駐車場」、500円の有料駐車場から、より滝の近くにある300円の駐車場へ到る道は、騙された観光客が苦笑いをするから「苦笑い坂」と命名したのだそうである。ただ、後日Webで検索してみると、滝から少し離れた場所には無料駐車場もあったらしい。まぁ、500円の駐車料金を支払ってしまった人も、私も、世の中には知らない方が幸せなことも多くある。

音止の滝は、源平の戦いの時に戦略を密談する源氏の武将が「滝の音がうるさくて密談が出来ない」と滝の音がやむように祈った所、滝の音が止み、無事に戦術を決め、戦に勝つことが出来た、という故事に由来する。そんな伝説も納得できそうな瀑音であった。
白糸の滝は、幾筋もの糸状の滝が注がれていた。滝が霧状に砕け、朝日の光で虹が出来ていた。もし昨日、明るいうちに滝に来ていたら、この虹も見られなかったと思ったら、昨日明るいうちに滝に辿り着けなかったのは逆に運が良かったのかもしれない。

再び富士宮市街に戻り、「富士山本宮浅間大社」を見た。日本の神社もそれなりの装飾が施されているが、中国の極彩色の寺とは異なり、朱色の鳥居も大分落ち着いた色になっている。神社の隣には「湧玉池」という富士山からの湧き水でできた、小さいけれど小さな池があった。

その後「田子の浦」に向かった。
小学校時代、百人一首大会のために百人一首を憶えた。
「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」
は百人一首の中でも早期に作られた歌であり、今でもソラで言える。(なお、こちらは平安時代に改編されたもの。改悪との評もあるが、音の流れとしては原作より詠いやすい)現代の私も富士山の美しさに感動したのだから、1300年前の人間も感動したのだろうな、と思う。カーナビの示した史跡に行ったら、工業団地の中に小さな石碑が建っていた。残念ながら、田子の浦にうち出でてみた頃には、富士には雲がかぶり、全貌は見られなくなっていた。

その後は延々と高速で帰宅。敢えて少し遠回りして、ETC専用出入り口の「富士川SA」から高速に入ったが、いきなり渋滞に巻き込まれウンザリした。しかし、渋滞となったのはその近辺だけで、それ以外は足柄SAくらいまでは比較的順調に走ることが出来た。しかし、東京に近づくにつれて、交通量も増えていき、しかも2箇所くらいで交通事故が起こったため数kmの渋滞に巻き込まれた。2日前の首都高速での渋滞に比べれば何ということは無いが、片側3車線もあって渋滞になる交通量には恐れ入った。また、渋滞で車が動かないと眠気に襲われるが、居眠り運転で交通事故でも起こした日には、この渋滞の中助けを呼ばなければならないのかと思うとゾッとした。
首都高速でもまたもや渋滞。電光掲示板を見たら、渋谷から都心まで高速で30分、下道で40分かかるのだそうだ。高速の意義って何?と思ってしまった。多分行きと同じ道を通ったと思うのだが、行きは夜だったため、同じなのかどうかすらよく分からない。首都高速は、渋滞すると20km/hくらいで走らなければならないのに、いざ車が途切れると、どの車も100km/hくらいで走り出す。ギャンブルみたいな道路だ。アクアラインを通るプランは、時間が足りず諦めた。

結局途中のPAで30分くらい寝ていたこともあって、いわきに着いたのは19時過ぎになってしまった。

走行距離:
3月20日 280km
3月21日 120km
3月22日 410km

渋滞には参ったけれど、ウォークマンを車内で流して、眠くなったら曲に合わせて歌っていたら、それほど苦もなく運転できた。多分私は、車の運転が好きなのだろう。
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樹海③ 3月21日 富士山麓

朝に宿を出掛けようとすると、車のフロントガラスにゴミがつき、道路は濡れ、外に置いていた物も、風で飛ばされていた。確かに昨晩も大分風が強かったが、更に雨も降り出して、ちょっとした嵐のようになっていたようだ。

昨日、宿で「猿橋」という橋のパンフレットを見掛けた。「日本三大奇橋」と呼ばれ、岩国の錦帯橋と並び、名所と言われているらしい。私はその存在を全く知らなかった。しかし、旅程の途中にもあることから、寄ってみることにした。行ってみると、猿橋自体も橋の下に瓦葺きとなった不思議な橋だったが、橋のある場所も渓谷となっていて、良い景色だった。渓谷の少し上流になると、普通の河原になっていてそのコントラストが面白かった。

その後「山梨県リニア見学センター」に行った。入ると、最初に入場者の出身地の記入を求められた。リニアモーターカーに対する国民の関心の高さでも調べる気なのだろうか。残念ながら本日はリニアモーターカーの試運転は行っていない。というよりも、去年の10月から、実験線を延長するために試運転を中止しているのだという。今度いつ試運転を行うかは良く分からない、詳しくはJR東海のサイトを見てくれ、とのことだった。実際にリニアモーターカーを建設・運用するのはJR東海であり、この施設は山梨県の施設であり、あくまで山梨のためにリニアをPRし、早期開業を目指す場所なのだ。とはいえ、PR館の職員ですら、試運転の時期を良く分からず、JR東海のサイトを確認してくれ、というのはJR東海と山梨県との連絡すらろくに取られていないのではないか、と心配してしまう。
中学校の同級生に鉄道好きがおり、「リニアモーターカーは東京と名古屋、大阪を結ぶことがメインとなってしまい、地域を線で結ぶという鉄道の特性が活かされない」と言っていた。しかし、東京-大阪の輸送力は点と点を結ぶだけでも年間2400万人が移動する、世界でも類を見ない区間なので、仮に点と点を結ぶ物であっても、十分にペイしてしまうのだ。
私が見学センターに着いたときは数人の親子連れが来ていた程度だったが、次第に高齢者の団体のような人達も来て、かなり賑わっていた。また、サブレなど、お土産もここで購入した。
辺りは白い靄が立ちこめていた。そのせいで、本当は見られるはずの富士山も、どこにあるのかすら分からない。私はてっきり霧に包まれているのかと思ったら、靄の原因は黄砂だという。確かに、霧にしてはうっすらと黄色がかっている。霧などで富士山が見えなくなることはそれなりにあるけれど、黄砂で見えなくなることは珍しい、と言われた。

その後富士吉田に行く。「ふじやまビール」製造工場で、山梨名物の「ほうとう」を食べ、地ビールを購入する。1本2Lくらいの大きな缶麦酒だった。昼くらいになると黄砂も晴れて、富士山の全貌を見ることが出来た。私は今まで富士山を見るのは、東海道本線に乗って窓から眺める程度だった。改めて眺めてみると、本当に見事な左右対称の擂り鉢型をしており、美しかった。世界一高いエベレストは、ヒマラヤ山脈の一員のはずである。富士山が素晴らしいのは、日本一の高さであることに加え、単独峰で、富士山だけが美しく聳え立っている事だと思う。

その後、浅間大社に立ち寄る。ここから富士山への登山道もあるそうな。
それからは、「富士五湖」と呼ばれる湖のうち、河口湖、西湖の周りを走った。河口湖の周りはホテルや土産物屋が林立しており、上高地や湯布院を連想させた。走りながらも、富士山の眺めが見事で、何度か車を停めて富士山をじっくりと見た。

その後、「西湖蝙蝠穴」に行き、そこで「青木ヶ原ネイチャーガイド」を申し込んだ。500円で1時間の樹海の案内をして貰える。樹海の木の案内、洞窟から冷風が吹き出て、洞窟の前には雪が残ること、樹海の岩は磁気を帯びた玄武岩であるため、磁石にくっつくことなど教えて貰い、興味深かった。車を運転しているときは日差しもあり大分暖かかったのだが、樹海の中は大分寒かった。ツアーが終わるとき、丁度山梨県警の車が来た。自殺者を出さないために巡回に来ているのだという。やはり樹海では年間数十人が自殺しているという。自殺する人は決まって、歩道から数十メートルしか奥に進んでいない所で頸を吊るのだという。自殺しても早く誰かに見つけて欲しい、という気持ちがあるためらしい。それならば何も樹海で自殺しなくても良いのに、と思ってしまった。

西湖蝙蝠穴には、富士山の成り立ちも説明書きされていた。富士山の麓には「剗の海」(せのうみ)という湖が広がっていたが、富士山の噴火により溶岩が流れ、せの海が西湖、精進湖などに分かれたのだという。その時代は西暦800年頃。古文書に富士山噴火により湖が分かれた様子が書かれているのだという。書物に記録が残るような時代に富士山が噴火していたというのは不思議な気持ちだ。

その後、鳴沢氷穴、富岳風穴に潜る。昔はそこに雪を貯蔵し、夏になると貴族や天皇などに氷を届けていたのだという。昭和30年頃まで、この洞窟は種や蚕の冷所保存のために使われていた。今は観光客の増加と、氷をわざわざライトアップするため、氷がどんどんと溶けてしまい、外部から氷を入れているのだという。この辺り、「富士山は人手が入りすぎて、自然遺産として登録できない」と言われる所以なのかもしれないと思った。
鳴沢氷穴付近には、オウム真理教事件で一躍有名になった上九一色村がある。現在は市町村合併で存在しないが、私のカーナビはデータが古く、現住所が上九一色村と表示されていた。(なお、上九一色村が合併で消えたのは2006年。)昨日はカーナビのデータが古いために無駄に都心を走って渋滞に巻き込まれたが、今日はデータが古いお蔭で15年前に話題になった場所を偲ぶことが出来た。

2つの洞窟を出ると、既に17時になっていた。本栖湖にも寄り、旧5000円札に描かれた富士山のモデルとなった景色を見た。流石に水面に富士が映る、ということは無かったが、雲一つ無い富士山の姿をここでも見られたのは幸せだった。丁度日が暮れる所で、富士が次第に暗くなっていく姿を、他20人くらいの見物人と一緒に眺めた。

その後は富士宮の宿まで向かう。途中「白糸の滝」にも寄ったが、暗くて展望がきかなかった。明日はいわきに戻るだけなので、朝観に行こう、と思った。

宿泊した「富嶽温泉 花の湯」は、健康ランドにビジネスホテルが隣接したような施設だった。
宿泊施設の中にある食堂でやきそばと御殿場ビールを頼む。富士宮焼きそばは、「ご当地B級グルメ」発祥の食べ物とも知られている。横手もやきそばで町おこしを図ったとして有名だが、富士宮焼きそばも、焼きそばに鰹節を振りかける、独特な食べ方をするらしい。感想としては、鰹節がきいていて、そこそこ旨かった。また御殿場麦酒も、「ピルス」という無難なタイプを選んだためか、特に目立った特徴は感じなかったが、普通に旨く、ゆっくり味わいながら飲んだ。

樹海② 3月20日 首都低速

8時半まで当直を行う。休前日の当直の宿命とは言え、2時間くらいしか寝られない。
14時に仮眠から目覚め、ブラックコーヒーを飲み、出発する。
14:10に自宅を出て、16時には、三郷IC近くのSAに到着した。あまりに順調な走りに
(これだと早く着きすぎてしまうから、首都高速では少し渋滞しているくらいが良いな。)
と思ってしまった。実際はその後とんでもない渋滞に巻き込まれて、少しくらいの渋滞なら……などと望んでしまった自分を叱りたくなる。

三郷ICに入る前から、渋滞となり、ブレーキを踏むことが多くなった。料金所が8列くらいあるが、どれも並んでいる。最初は料金支払いのために混雑しているのかと思ったのだが、実は、殆どの車はETCを装着しており、料金所がボトルネックになっているわけではなかった。料金所が8列あるにも関わらずその先が2か3車線くらいしか無いため、車の流れが滞っているのである。

18時の時点で、定刻の19時に宿に着くのは不可能と判断し、宿に連絡した。渋滞に巻き込まれて到着が遅れる旨を話すと、今どこにいるのか尋ねられた。東京とだけ応えると
「まだまだ掛かりますね。」
と言われた。

そのときは1時間くらいしか遅れないだろう、高をくくっていた。そもそも、事前にいわきから大月までは300kmほどで、高速道路のサイトで所要時間を調べても、それほど大きな渋滞は記載されていなかったのだ。首都高速は、昔言われていた通り、ICの出口が左側だけでなく右側になる場合もある。また首都高速自体が平面でクロスする、という場面もあった。小菅JCTと堀切JCTは、僅か700mの間に、東北道と常磐道が合流し、東京行きと千葉行きに分岐する。東北道から千葉へ行く車と、常磐道から東京へ向かう車は、この700mで交差しなければならない。渋滞で車が入り乱れていることもあるが、危ないことこの上ない。病院の先輩が以前首都高速を走ったとき、同じ道を何度も通ってしまった、と言う話を噂で聞いたことがある。確かにカーナビがなかったら、矢鱈と見知らぬIC、JCTばかりで、一体どこを行けば良いのか分からなくなってしまうだろう。もっとも、暫く走ってから気付いたのだけど、私は本来は田端とかの、都心の北側を通る予定だったのだが、知らないうちに両国、銀座、皇居と言った都心ど真ん中を通ることになっていた。多分、これが20kmほどの渋滞に巻き込まれた一因だろう。この日首都高速はどの路線も多少の渋滞はあったのだが、銀座付近の渋滞の方がより著しかったのではないかと思う。本来通る予定の道を通らなかったのは、カーナビがその道を示さなかったからである。その理由は、カーナビには池袋-新宿の路線がまだ開通していなかったのである。現在未だに、環状高速道路は完成していない。池袋-新宿ラインが出来て多少のバイパスが出来たとはいえ、未だに京葉道路、常磐道、東北道、上越道、中央道、東海道を繋ぐ道が、皇居ラインしかない、ということもある。何だかんだ言っても東京の高速道路は未だに貧弱である。バイパスがないために不要の自動車が都心に走り込んでいる

多分、両国から皇居の脇を通って、信濃町を経由し、新宿に到るまで2時間以上掛かったと思う。中央線を使えば30分で着いてしまうことを考えると、なるほど東京では「車はステータス」と言われる程、実用としては電車に劣っていることに納得する。今まで首都高速というのは、外からノロノロと走る様子を眺めるだけだったが、今は自分がそのノロノロに混ざっている。多分、外から見たら車のライトでさぞや綺麗な夜景になっていることだろう。膨大なガソリンと運転手の精神的余裕を浪費する高価なイルミネーションである。
高速道路というのは誰も住んでいないような田舎を通るもの、というイメージだったので、ビルの谷間を高速で走るのは不思議である。また、ビルの看板が矢鱈と目立つ。首都高速を走っている人を対象にした看板だった。看板なんてものは、駅のホームなどじっと立ち止まるようなところに置かれるのが普通だ。しかも、車を運転している人間は運転に熱中しているから看板を見る余裕なんて無い筈だ。それが、高速を運転している人相手の広告看板が成立するだなんて、首都高速はどれだけ普段から渋滞しているのだろう、と思ってしまった。
また、走っていると、後ろから救急車が来て道を譲った。いわきのように、救命センターが周囲50kmに存在しない所ならまだしも、東京でも救急車が高速を使わなければいけないだなんて、一体どこからどこに行くつもりなのだろうかと不思議に感じた。

八王子を過ぎた当たりから、車も空いてきた。また、先程までは道路の両脇に街灯が照っていた。どこかで見た風景だと思ったら、子供の頃に読んだ「おしいれのぼうけん」にそんな風景があった気がする。周りに建物もないのに、道だけが通り、その両脇に街灯が等間隔に並んでいる絵だ。いつの間にか街灯が消え、暗い中を走ることになる。八王子を過ぎると、間もなく目的の上野原ICに到着した。

その後、カーナビにも載っていないような細道を進み、21時45分頃、宿に到着した。予約していた夕食を食べる。鮎の塩焼き、山菜など、料理はかなり豪華だった。

樹海に行ってきました①┗(^o^ )┓

土日と春分の日を含んだ3連休に休みを貰えたので、旅行に出かけた。

民主党に政権が交代してから、高速道路の休日上限1000円という制度が廃止になることになった。そこで、廃止になる前に、高速道路を乗り倒そう、という気になった。そこで、以下の条件を元に、旅行のプランを立てた。
  • 高速道路で極力長距離を運転できること
  • 鉄道では行くことが難しい場所にすること
  • 運転が難しいと評判の首都高速を走ること
  • 財政の無駄遣いと言われつつも、海底トンネルとして一定の人気を博しているアクアラインを走ること
  • 日本の輸送の大動脈である東名高速道を走って、その走行量を実感すること
その上で、観光する場所を選定した。
3連休と言っても、金曜日の夜は当直があるので、土曜日に行動が可能なのは半日程度である。
筑波、偕楽園、草津温泉、富岡製糸工場、成田空港、百里空港、白川郷に行くことも検討した。
白川郷に関しては、片道で600kmくらいになった。自分の運転能力を考えれば、不可能ではないが、当直後と言うことを考えるとかなりきつい。例えばこれば、2人の旅行で、自分が寝ている間相方が運転してくれる、というのであれば大分話も変わっただろうが、あいにく私には一緒に旅に行くような仲間はいない。

月曜日に図書館に行き、山梨、静岡、群馬、会津、箱根、伊豆のるるぶと共に、「ファミリーで楽しめる関東ドライブコースはここだ」という本を借りた。それを呼んだら、中央自動車道のインターチェンジから出発し、6時間ほど運転して東名高速道のインターチェンジに至る、というコースを見つけた。折角なのだから、出来るだけ往復で別のルートにしたい、と思っていた私は、このルートを基軸にプランを立てることにした。

すると、河口湖から富士宮に到るモデルコースの周囲にはリニアモーターカーの展示館があり、周辺には温泉施設があり、と、私が予想した以上に面白そうな物が揃っていることに気付いた。最初はGoogle mapとインターネットによる情報収集だったが、流石に商用の本は情報が充実していると思った。

計画としては以下のようなものになる。

○3月20日


自宅出発 14:00
いわきIC
上野原IC 17:30 44.6km
民宿 泊

○3月21日


リニア見学センター 10:00
青木ヶ原樹海ネイチャーガイド
鳴沢氷穴、富岳風穴 15:46
白糸の滝 17:00

夕食:富士宮焼きそば

○3月22日


富士山本宮浅間大社 8:00
田子の浦 10:00
東京IC 11:20
三郷JCT 12:10
いわき 14:004:46、347km
アクアライン経由の所要時間:416km、6:17




といった感じである。
往復をいわき-山梨、静岡-いわきに費やし、更に富士宮市は身延線沿いという、普段ならばまず訪れない場所だろうし、しかもリニアモーターカーと樹海という、鉄道研究会、ワンデルング会に身を置いた人間としては、これ以上ない場所である。

旅行の記録は後日。
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プロフィール

砧音月

著者・管理人:砧音月
東北の病院に就業中
2008年卒業

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