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樹海③ 3月21日 富士山麓

朝に宿を出掛けようとすると、車のフロントガラスにゴミがつき、道路は濡れ、外に置いていた物も、風で飛ばされていた。確かに昨晩も大分風が強かったが、更に雨も降り出して、ちょっとした嵐のようになっていたようだ。

昨日、宿で「猿橋」という橋のパンフレットを見掛けた。「日本三大奇橋」と呼ばれ、岩国の錦帯橋と並び、名所と言われているらしい。私はその存在を全く知らなかった。しかし、旅程の途中にもあることから、寄ってみることにした。行ってみると、猿橋自体も橋の下に瓦葺きとなった不思議な橋だったが、橋のある場所も渓谷となっていて、良い景色だった。渓谷の少し上流になると、普通の河原になっていてそのコントラストが面白かった。

その後「山梨県リニア見学センター」に行った。入ると、最初に入場者の出身地の記入を求められた。リニアモーターカーに対する国民の関心の高さでも調べる気なのだろうか。残念ながら本日はリニアモーターカーの試運転は行っていない。というよりも、去年の10月から、実験線を延長するために試運転を中止しているのだという。今度いつ試運転を行うかは良く分からない、詳しくはJR東海のサイトを見てくれ、とのことだった。実際にリニアモーターカーを建設・運用するのはJR東海であり、この施設は山梨県の施設であり、あくまで山梨のためにリニアをPRし、早期開業を目指す場所なのだ。とはいえ、PR館の職員ですら、試運転の時期を良く分からず、JR東海のサイトを確認してくれ、というのはJR東海と山梨県との連絡すらろくに取られていないのではないか、と心配してしまう。
中学校の同級生に鉄道好きがおり、「リニアモーターカーは東京と名古屋、大阪を結ぶことがメインとなってしまい、地域を線で結ぶという鉄道の特性が活かされない」と言っていた。しかし、東京-大阪の輸送力は点と点を結ぶだけでも年間2400万人が移動する、世界でも類を見ない区間なので、仮に点と点を結ぶ物であっても、十分にペイしてしまうのだ。
私が見学センターに着いたときは数人の親子連れが来ていた程度だったが、次第に高齢者の団体のような人達も来て、かなり賑わっていた。また、サブレなど、お土産もここで購入した。
辺りは白い靄が立ちこめていた。そのせいで、本当は見られるはずの富士山も、どこにあるのかすら分からない。私はてっきり霧に包まれているのかと思ったら、靄の原因は黄砂だという。確かに、霧にしてはうっすらと黄色がかっている。霧などで富士山が見えなくなることはそれなりにあるけれど、黄砂で見えなくなることは珍しい、と言われた。

その後富士吉田に行く。「ふじやまビール」製造工場で、山梨名物の「ほうとう」を食べ、地ビールを購入する。1本2Lくらいの大きな缶麦酒だった。昼くらいになると黄砂も晴れて、富士山の全貌を見ることが出来た。私は今まで富士山を見るのは、東海道本線に乗って窓から眺める程度だった。改めて眺めてみると、本当に見事な左右対称の擂り鉢型をしており、美しかった。世界一高いエベレストは、ヒマラヤ山脈の一員のはずである。富士山が素晴らしいのは、日本一の高さであることに加え、単独峰で、富士山だけが美しく聳え立っている事だと思う。

その後、浅間大社に立ち寄る。ここから富士山への登山道もあるそうな。
それからは、「富士五湖」と呼ばれる湖のうち、河口湖、西湖の周りを走った。河口湖の周りはホテルや土産物屋が林立しており、上高地や湯布院を連想させた。走りながらも、富士山の眺めが見事で、何度か車を停めて富士山をじっくりと見た。

その後、「西湖蝙蝠穴」に行き、そこで「青木ヶ原ネイチャーガイド」を申し込んだ。500円で1時間の樹海の案内をして貰える。樹海の木の案内、洞窟から冷風が吹き出て、洞窟の前には雪が残ること、樹海の岩は磁気を帯びた玄武岩であるため、磁石にくっつくことなど教えて貰い、興味深かった。車を運転しているときは日差しもあり大分暖かかったのだが、樹海の中は大分寒かった。ツアーが終わるとき、丁度山梨県警の車が来た。自殺者を出さないために巡回に来ているのだという。やはり樹海では年間数十人が自殺しているという。自殺する人は決まって、歩道から数十メートルしか奥に進んでいない所で頸を吊るのだという。自殺しても早く誰かに見つけて欲しい、という気持ちがあるためらしい。それならば何も樹海で自殺しなくても良いのに、と思ってしまった。

西湖蝙蝠穴には、富士山の成り立ちも説明書きされていた。富士山の麓には「剗の海」(せのうみ)という湖が広がっていたが、富士山の噴火により溶岩が流れ、せの海が西湖、精進湖などに分かれたのだという。その時代は西暦800年頃。古文書に富士山噴火により湖が分かれた様子が書かれているのだという。書物に記録が残るような時代に富士山が噴火していたというのは不思議な気持ちだ。

その後、鳴沢氷穴、富岳風穴に潜る。昔はそこに雪を貯蔵し、夏になると貴族や天皇などに氷を届けていたのだという。昭和30年頃まで、この洞窟は種や蚕の冷所保存のために使われていた。今は観光客の増加と、氷をわざわざライトアップするため、氷がどんどんと溶けてしまい、外部から氷を入れているのだという。この辺り、「富士山は人手が入りすぎて、自然遺産として登録できない」と言われる所以なのかもしれないと思った。
鳴沢氷穴付近には、オウム真理教事件で一躍有名になった上九一色村がある。現在は市町村合併で存在しないが、私のカーナビはデータが古く、現住所が上九一色村と表示されていた。(なお、上九一色村が合併で消えたのは2006年。)昨日はカーナビのデータが古いために無駄に都心を走って渋滞に巻き込まれたが、今日はデータが古いお蔭で15年前に話題になった場所を偲ぶことが出来た。

2つの洞窟を出ると、既に17時になっていた。本栖湖にも寄り、旧5000円札に描かれた富士山のモデルとなった景色を見た。流石に水面に富士が映る、ということは無かったが、雲一つ無い富士山の姿をここでも見られたのは幸せだった。丁度日が暮れる所で、富士が次第に暗くなっていく姿を、他20人くらいの見物人と一緒に眺めた。

その後は富士宮の宿まで向かう。途中「白糸の滝」にも寄ったが、暗くて展望がきかなかった。明日はいわきに戻るだけなので、朝観に行こう、と思った。

宿泊した「富嶽温泉 花の湯」は、健康ランドにビジネスホテルが隣接したような施設だった。
宿泊施設の中にある食堂でやきそばと御殿場ビールを頼む。富士宮焼きそばは、「ご当地B級グルメ」発祥の食べ物とも知られている。横手もやきそばで町おこしを図ったとして有名だが、富士宮焼きそばも、焼きそばに鰹節を振りかける、独特な食べ方をするらしい。感想としては、鰹節がきいていて、そこそこ旨かった。また御殿場麦酒も、「ピルス」という無難なタイプを選んだためか、特に目立った特徴は感じなかったが、普通に旨く、ゆっくり味わいながら飲んだ。
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砧音月

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東北の病院に就業中
2008年卒業

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